「高齢者に優しい街ランキング」のウラで起こっている、深刻な異変 老後もソコに住めますか?

 
海と山はいつまでも魅力的だが、街は「超高齢化」が深刻で…… photo by iStock

「人生100年時代」の到来が間近に迫り、最後の10年、20年のための「終の棲家」は、30年、40年という長い時間を過ごす生活の場に変わりつつある。そんな変化を受けてか、最近では「高齢者に優しい街」なるランキングが登場し人気を博しているという。

けれども、みんながそんな素敵な街に暮らせるわけではない。そして素敵な街にも陰はあるはず。現代ビジネス編集部は、東京23区研究所(東京都渋谷区)と協力し、あなたが老後住む街の「本当のすがた」をレポートすることにした。第一回は、都心部を取り囲む地域の概況に焦点を当てる。

 

湘南を襲う「超高齢化」の荒波

2015年の『国勢調査』によると、わが国の高齢化率(65歳以上の人口比率)は26.6%。高齢化が最も進んでいる秋田県は33.8%を数える。いっぽう、東京50キロ圏内にある179市区町村(政令指定都市の行政区を含む)の平均は23.5%、東京23区は22.0%だ。

このデータを見る限り、東京にはまだ少し余裕があるように思える。しかし、欧米先進国の中で高齢化が進んでいるとされるイタリアは22.4%、ドイツは21.2%(国連『世界人口予測』、2015年)。程度の差はあれ、東京にも確実に高齢化の波が押し寄せている。

東京50キロ圏内の179市区町村を高齢化率が高い順に並べてみると、1位から4位までは鉄道が通っていない山間部などの町村が続く。それらを除くと、5位に神奈川県の逗子市(31.5%)、7位に鎌倉市(30.6%)が顔を出してくる。

海と山はいつまでも魅力的だが、街は「超高齢化」が深刻で…… photo by iStock

両市には、このデータ以上に深刻な問題がある。75歳以上の後期高齢者の多さだ。その人口比率を高い順に並べると、やはり山間部などの2町村がトップに並ぶが、続く3位は逗子市(16.0%)で、4位が鎌倉市(15.8%)。ともに全国平均(12.8%)を大きく上回っている。

「湘南」の厳密な定義はともかく、ハイソな文化性に彩られた「湘南ブランド」の代表は、やはり鎌倉、逗子だと言って間違いない。高いブランド力に支えられ、両市には高所得者たちが続々と居を構えた。ピークはおよそ50年前、高度経済成長まっただ中だった。しかし、住人たちが老いるにつれ、観光地としての賑やかさとは裏腹に、街は老いを隠せなくなってきている。

それを端的に示しているのが所得水準の低下だろう。

【図】に示すように、多少の波はあるものの、鎌倉市も逗子市も平均所得の低下が続いている。図には、参考として東京23区の平均所得の推移も併記した。かつて23区を大きく超えていた平均所得が、いまや23区と同水準、あるいはそれ以下に落ち込んでいることがわかるだろう。

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鎌倉・逗子ではかつての大邸宅がいくつも取り壊され、土地が5分割、10分割されて、小ぶりな分譲戸建や単身向けのアパートなどが次々に建てられていると聞く。流動性の向上は街を活性化する面もあるだろうが、ブランド力を支えてきた住民の特性が変わることが街にどんな影響をもたらすかは未知数だ。

憧れのニュータウンの末路

直感的に想像できることだが、旧東京都庁(千代田区)を中心に、東京圏をキロ圏別の輪切りにすると、高齢化率は外周部に向かって上昇していくことがわかる。

とくに目立つのは20〜30キロ圏の東側、つまり千葉県の高齢化率が高いことだ。

先に種明かしをしてしまうと、そこには大規模な団地の存在が浮かび上がってくる。都心に比較的近い20〜30キロ圏には、西に多摩ニュータウン(東京都多摩市など)、南に港北ニュータウン(横浜市都筑区)など数多くのニュータウン型団地が存在する。なかでも開発時期が早く、かつ数が多いのが千葉県だ。

入居開始時期別に、その例を列挙してみよう。1960年代前半の常盤平団地(松戸市)、高根台団地(船橋市)、豊四季台団地(柏市)、袖ケ浦団地(習志野市)。60年代後半の花見川団地(千葉市花見川区)、習志野台団地(船橋市)、千葉幸町団地(千葉市美浜区)。70年代前半のさつきが丘団地(千葉市花見川区)、稲毛海浜ニュータウン・検見川海浜ニュータウン(千葉市美浜区)などが挙げられる。

1960年版の『国民生活白書』は、「団地族」の特徴について「大企業や官公庁に勤めるホワイトカラーが多く、所得水準も教育水準も高い。パン食、肉食など食生活の高級化も進んでおり、耐久消費財の保有率も高い」と分析している。

こうしたライフスタイルは、当時まさに憧れの最先端にあった。団地は商業施設やサービス施設も充実していたため、その周りに住宅開発が進むという波及効果も生んだ。これが団地地区の形成である。

そしていま、先に挙げた豊四季台団地を中心とする地区の高齢化率は、驚くなかれ46%に達している。他の団地が立地する地区の高齢化率も軒並み3〜4割におよび、それがより広範囲な街全体の高齢化につながっている。憧れのニュータウンはただの「オールドタウン」と化してしまったのである。

悲しい現実にさらされる「安住の地」

東京圏を輪切りした結果でもう一つ目立つのは、40〜50キロ圏の中でも埼玉県の高齢化率が高いことだ。幸手市、久喜市、桶川市、北本市など、JR宇都宮線、JR高崎線、東武伊勢崎線の沿線でこの傾向がとくに強い。同じ沿線を見ると、30〜40キロ圏の一番外側にある春日部市や蓮田市も、同じように高齢化率が全国平均を上回っている。

これら各市には、次のような共通点がある。

高度経済成長が終わった70年代後半から80年代にかけても、活発な人口増加が続いた。
おおむね2000年代前半をピークに、人口が減少に転じている
2010〜15年の5年間で高齢化率が急速に高まっている
持ち家(一戸建て)の割合がきわめて高い

ここから、ひとつながりのストーリーが浮かび上がってくる。

主役は団塊の世代。住宅取得適齢期である30代になったとき、一戸建てを求めるなら、これらのまちは優れた条件適正を有していた。通勤にはまずまず便利だし、価格も手ごろ。もちろんローンは組んだだろうが、終の棲家を手に入れる達成感、安心感に比べれば、負担可能な範囲内に収まっていた。しかし、巣立ちを迎えた子どもたちは「こんな不便なところは嫌だ」と、都心に近いまちを目指して出ていった――。こんな「半生記」ですべて説明がつく。

人口が減り、高齢化が進むと、その当然の結果として街の資産価値は目減りしていく。老夫婦が暮らすにはいささか広すぎる家で、支払ったローンの総額と現在の資産価値を見比べたとき、彼らは何を思うのだろうか。多少無理してようやく手に入れた安住の地に残された現実は、どうにも悲しい。

 

武蔵小杉が抱える危うい未来

東京50キロ圏内の市区町村の中で、高齢化率が最も低いのは川崎市中原区の15.1%である。川崎市中原区と聞いてピンとこない方も、「武蔵小杉」と言えばうなずかれることだろう。

東横線と南武線が十字に交わる同駅の南東側は、かつて工場地帯だった。そこにいまタワーマンションが建ち並んでいる。タワマンエリアの中心である新丸子東3丁目地区は、2005年にはわずか250人ほどだった人口が、15年になんと6000人を超えている。14年11月にはメガショッピングセンター「グランツリー武蔵小杉」もオープンし、メディアは東京圏随一の注目スポットとはやし立てた。

もはや「川崎市中原区」とは呼べません…… photo by iStock

その結果、武蔵小杉駅から500m圏内の既成市街地でも、10年〜15年の5年間で人口が15%も増えた。あたかも、高度経済成長期における「団地のまち」の再来を見るようだ。

そんな飛ぶ鳥落とす感のある新丸子東3丁目のデータを見ていると、気なる数値に突き当たる。同地区の89%が持ち家、つまりマンションは分譲という事実だ。かなり先の話とはいえ、分譲タワーマンションの将来的な建て替えにはきわめて大きな不安があり、大げさに聞こえるかもしれないが、ゴーストタウン化する危険性もあるのだ。

江東区の豊洲エリアも同じ課題を抱えるが、同地区には街のリノベーションのタネとなり得るUR都市機構の住宅や、民間の賃貸マンションが混在しているという救いがある。かたや、武蔵小杉は分譲マンションに特化している。「都市計画の失敗」、そんな言葉が40年後、50年後に語られないことを願うばかりである。

高度経済成長の時代に団地住まいを選んだ人も、ポスト高度経済成長期に埼玉県の40〜50キロ圏に一戸建て住宅を購入した人も、いま武蔵小杉に熱い視線を送る人も、それぞれのまち選びの結果としてたどり着いた最良の選択なのだろう。しかしそこには、やがて年老いていくという当たり前の事実が抜け落ちていないだろうか。

60歳で定年を迎えた人の平均余命は、男性で約25年、女性では約30年に及ぶ。余生と呼ぶには長すぎるこの時間を、どこで、どのように過ごしていくのか。第一線を引退した後に(も)焦点をあてたまち選びが、あらためて問われている時代だと言えるだろう。

<第二回「『高齢者ホットスポット』という新たな地獄(仮)」につづく>

 





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